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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)208号 判決 1972年3月30日

原告 有限会社阿部祥美堂

被告 日本橋税務署長

訴訟代理人 大道友彦 ほか五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立て

(原告)

「原告の昭和四一年七月二一日から昭和四二年七月二〇日までの事業年度分法人税につき、被告が昭和四三年三月三〇日付をもつてした更正処分ならびに過少申告加算税および重加算税賦課処分のうち、借地権価額一一、〇〇五、〇〇〇円の計上もれを理由として法人税額および過少申告加算税額を算定した部分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を決める。

(被告)

主文同旨の判決を求める。

第二、原告の請求原因

一、原告(旧商号を有限会社阿部商店と称した。)は、その昭和四一年七月二一日から昭和四二年七月二〇日までに事業年度分法人税につき、昭和四二年九月二〇日所得金額を九二、七三六円、法人税額を一七、〇〇〇円として確定申告をしたところ、被告は、昭和四三年三月三〇日付をもつて所得金額を一三、五四三、五四一円、法人税額を四、六三一、六〇〇円とする更正処分および過少申告加算税一八五、四〇〇円、重加算税二七一、五〇〇円の賦課処分をした。

右処分に対し、原告は、適法な異議手続を経て、昭和四三年八月二四日、東京国税局長に審査請求をしたが、昭和四四年七月四日付で棄却された。

二、しかし、右処分のうち、原告の申告に借地権価額一一、〇〇五、〇〇〇円の計上もれありとして法人税額および過少申告加算税額を算定した部分は、次の理由により違法である。

(一)  原告のもと代表者阿部俊三は、昭和二五年二月二三日訴外泉商事有限会社(ただし、後に泉物産株式会社と組織変更。以下これを訴外会社という。)との裁判上の和解(東京地方裁判所昭和二三年(ワ)同第二、二三二号。以下これを第一和解という。)により、訴外会社所有の別紙建物目録記載の建物三棟(以下これを本件建物という。)の各一部を期限の定めなく賃借し、原告は、訴外会社の承諾を得てこれを転借していたが、訴外会社と阿部俊三および原告は、昭和四二年三月四日東京簡易裁判所において、「(1) 訴外会社と阿部俊三との間の前記建物賃貸借契約は昭和四二年二月六日合意解除されたことを確認する。(2) 阿部俊三および原告は同年七月末日までに右建物を明け渡す。(3) 訴外会社は阿部俊三に対し、同年三月八日立退料として二、〇〇〇、〇〇〇円を支払い、かつ、貸付金として二、〇〇〇、〇〇〇円を貸与する。(4) 右貸付金の返済については、原告が阿部俊三と連帯してその責任を負う。」旨の裁判上の和解(同裁判所同年(イ)第一〇〇号。以下これを第二和解という。)をし、次いで、訴外会社と原告は、同年三月八日同裁判所において、「(1) 訴外会社は原告に対し、別紙土地目録(一)記載の土地(以下これを第一土地という。)を代金二、〇〇〇、〇〇〇円で譲渡し、原告は訴外会社に右代金を支払う。(2) 訴外会社は原告に対し、別紙土地目録(二)記載の土地(以下これを第二土地という。)を賃貸することとし、原告は訴外会社に対し、右(1) により原告の所有となつた第一土地を譲渡する。すなわち、訴外会社と原告は、第二土地の賃借権と第一土地の所有権とを等価交換する。(3) 訴外会社は原告に対し、第一土地の所有権と交換に、第二土地を右和解成立の日から満四五年間堅固な建物所有の目的をもつて賃貸する。」旨の裁判上の和解(同裁判所同年(イ)第一〇一号。以下これを第三和解という。)をした。

(二)  そこで、原告は、右借地権の交換取得につき、特定資産の交換による課税の特例を定めた租税特別措置法(ただし、昭和四四年法律第七号による改正前のもの。以下粗特法という。)六五条の六の適用ありとして、本件確定申告をしたところ、被告は、右借地権は前記建物の明渡しに対する実質的立退料として取得したものであるから、適正時価による評価すべきであるとして、同条の適用を否認した。

(三)  しかし、原告は、前記第二和解により、原告が適法に転借権を有し、かつ、長年営業の本拠としてきた本件建物を訴外会社に明け渡すこととなつたので、その補償として、第三和解により、第一土地の所有権を取得させてもらい、これを第二土地の借地権と交換したものであるから、前記特例の適用を受けるべきことは当然である。

よつて、申立欄記載のとおり判決を求める。

第三、被告の答弁および主張

一、請求原因一項の事実は認める。同二項の(一)(二)および(三)のうち原告が第二和解により転借権の目的たる本件建物を明け渡すこととなつたことは認めるが、その余の事実および主張は争う。

二、本件においては、原告と訴外会社との間に租特法六五条の六に定める資産の交換は行なわれていない。すなわち、訴外会社は、本件建物を取りこわしたうえ、同所に鉄筋ビルを建築する計画があつたので、その賃借人で原告の代表者でもある阿部俊三に対して同建物の明渡しを要求した結果、両者間において同建物の賃貸借契約を昭和四二年二月六日合意解除する代わりに、訴外会社は同会社所有の第二土地を原告に権利金なくして賃貸する旨の合意が成立し、本件第二和解および第三和解がなされたというのが本件の真相であつて、第二和解のうち訴外会社が阿部俊三に立退料、二、〇〇〇、〇〇〇円を支払う旨の条項ならびに第三和解のうち訴外会社が原告に第一土地を代金二、〇〇〇、〇〇〇円で譲渡し原告がその代金を支払う旨および原告と訴外会社が第一土地の所有権と第二土地の借地権とを等価交換する旨の条項は、原告が第二土地の借地権を無償で取得したことに対して課税されるのを免れるため、訴外会社に頼んで和解条項に挿入したものであり、両当事者間において右各条項記載の法律行為を行なう意思およびこれが行なわれた事実はまつたくなかつた。もつとも右立退料および第一土地の譲渡代金の支払いが現実に行なわれたかのような領収書が発行されているが、これは架空のものである。

したがつて、原告の取得した第二土地の借地権については、時価評価によつてその所得金額を計算すべきところ、その時価としては、一三、〇〇五、〇〇〇円(更地価額を一平方メートル当り九〇〇、〇〇〇円、借地権割合を八五パーセントとする。)が相当である。

よつて、右価額から原告の記帳していた借地権価額二、〇〇〇、〇〇〇円を差しひいた一一、〇〇五、〇〇〇円を借地権価額の計上もれと認定した本件処分にはなんら違法はない。

第四、被告の主張に対する原告の認否

被告主張の事実のうち、阿部俊三が訴外会社から本件建物の明渡しを要求されたことは認めるが、その理由は不知。第二和解および第三和解の成立ならびに被告主張の領収書発行の事実は認める。

その余はすべて争う。

第五、<証拠省略>

理由

一、請求原因一項および二項(一)(二)の事実は当事者間に争いがなく、本件の主たる争点は、原告と訴外会社との間に租特法六五条の六に規定する資産の交換が行なわれたかどうかの点にある。

二、そこで、この点について検討するのに、右争いのない事実と<証拠省略>の結果を総合すれば、次のような事実が認められる。

(一)  原告は、阿部俊三が本件建物で経営していた個人営業を法人組織化した同族会社である関係から、本件建物を転借使用していたが、訴外会社は、かねてから老朽化した本件建物を取りこわし、その跡に鉄筋の社屋を建設する計画であつたため、阿部俊三および原告に対し再三その明渡しを要求していた。これに対し、阿部俊三および原告は、当初は明渡しを拒否していたものの、やがて原告の営業を継続しうる適当な移転先があれば応じてもよいとの態度をとり、昭和四一年夏ごろから移転先についての協議、物色が行なわれたが、結局、原告側の希望により、本件建物の裏側にある訴外会社所有の第二土地を同会社が原告に堅固な建物所有の目的で賃貸することとなり、その賃料を坪当り

月額七〇〇円、期間を四五年とすること、原告は右第二土地に店舗を建築して移転し、昭和四二年七月末日までに本件建物を明け渡すこと、訴外会社は原告の右店舗建築資金として阿部俊三に対し、二、〇〇〇、〇〇〇円を同年二月から四〇筒月間の割賦弁済の約束で貸しつけ、その返済については原告が阿部俊三と連帯して責任を負うことなどが決つた。

(二)  ところが、その後、原告側では、右第二土地の借地権を無償で取得することに対する果税を懸念し、その減免をはかる方法についてあれこれ検討したところ、建物賃借権(転借権)の代わりに借地権を取得したというだけでは法人税法五〇条および租特法六五条の六の適用を受けえないが、いつたんどこかの土地を取得したうえで右借地権と交換するのであれば、その土地の保有期間を問わず租特法六五条の六の定める特例により課税されないこととなることがわかつた。そこで、原告は、この方法をとることにより、もつぱら前記借地権の取得に対する課税を免れるため、訴外会社に対し、本件建物敷地の一部である第一土地を原告が訴外会社から代金二、〇〇〇、〇〇〇円で譲り受け、ただちにこれを第二土地の借地権と等価交換するとともに、原告の右代金の支出に見合うものとして、訴外会社が阿部俊三に対し立退料として同額を支払うという形式をとつてほしい旨申し入れた。

(三)  これを受けた訴外会社は、(一)記載の約定のほかには、右のような第一土地の譲渡、交換や、立退料の支払いをする意思はまつたくなかつたが、原告の税務対策のためにする外観だけのことならば同会社として実害がないとの判断から、原告の右申入れを承諾することとし、昭和四二年二月六日阿部俊三および原告との間において、右形式にそう「建物賃貸借契約合意解除契約書」<証拠省略>および「土地売買及び土地賃貸借契約書」<証拠省略>を作成し、これに基づいて同趣旨の第二和解および第三和解をした。そして、右和解に定める第一土地の売買代金および阿部俊三に対する立退料については、いずれも同年三月八日付の領収証<証拠省略>が発行され、原告の帳簿書類<証拠省略>のうえでも、原告が阿部俊三から右立退料を預り、第一土地の売買代金を支払つたかのように記帳されているが、実際には右金銭の授受がなされた事実はなく、また、第一土地の売買による分筆手続や移転登記も一切行なわれなかつた。

かような事実が認められる。前記<証拠省略>の結果のうち右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、原告と訴外会社との間に行なわれた前記第一土地の売買および同土地と第二土地の借地権との交換は、原告が本件建物を明け渡すことの代償として第二土地の借地権を無償で取得したことに対して課される税負担を免れるための仮装行為であることが明らかであるといわなければならない。

三、してみると、原告の右借地権の取得につき租税法六五条の六の規定する特定資産の交換による課税の特例を適用する余地はなく、その取得年度における原告の所得の計算にあたつては、時価によつてその価額を評価しなければならない。そして、<証拠省略>によれば、訴外会社では右借地権の譲渡益として一九、八九〇、〇〇〇円を計上していることが認められ、他に特段の反証はないから、右借地権の当時の価額はすくなくとも被告の主張する一三、〇〇五、〇〇〇円を下らなかつたものと認めるのが相当である。

したがつて、被告が右価額の範囲内において借地権価額の計上もれを認定したことに原告主張のような違法はない(なお、原告代表者は、右借地権を取得した反面、時価一〇、〇〇〇、〇〇〇円以上の価値ある本件建物の借家権(転借権)を失つたのであるから、本件課税は不当であるというが、かりに右借家権がそれだけの価値を有するものであつたとしても、弁論の全趣旨によると、右借家権は原告の会計処理上資産に計上されていなかつたことが認められるので、所得の計算にあたり、その時価による喪失損のみをあげるわけにはいかない。)。

よつて、原告の請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高津環 内藤正久 佐藤繁)

建物目録

東京都中央区日本橋本町二丁目三番地一一

家屋番号同町一八番の一

木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建店舗

床面積 一階 五七・八〇平方メートル

二階 五七・八〇平方メートル

右同所同番地

家屋番号 同町一八番の三

木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建倉庫

床面積 一階 五七・〇二平方メートル

二階 一九・三〇平方メートル

右同所同番地

家屋番号 同町一八番の二

木造瓦葺二階建居宅

床面積 一階 五九・五〇平方メートル

二階 三三・〇五平方メートル

土地目録

(一) 東京都中央区日本橋本町二丁目三番一一

宅地 二四八・八三平方メートルのうち

三三・〇五平方メートル

(二) 右同所同番一三

宅地五六・一九平方メートル

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